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ACMI 特別発行本「LESLIE CHEUNG」より
この本は2003年10月30日〜11月9日、オーストラリアで開催された
Days of Being Wild:the Screen Life of Leslie Cheungat the AustralianCentre for the Moving Image
(オーストラリア映像センター)に併せて発行されたものです。


Abandon,Abandoned...the Screen Life of Leslie Cheung
【捨てて、捨てられて...レスリー・チャン】
  
by Philippa Hawker


 2003年4月1日に自ら命を絶ったレスリー・チャンは、映画界における最も魅惑的な俳優の一人だった。敏感で、とらえどころがなくて、ゴージャスな才能の持ち主で、少年のように可愛らしいだけでなく、時にずきんと来るくらいきれいだった。香港の多くの優れた映画監督たちと作品を共にし、その役柄はあらゆる分野に及ぶ。紳士、幽霊、愛人、卑劣漢、殺人者、詐欺師、泥棒、弟、世間知らずの若者。

 レスリー。姓はいらない。レスリーは一人しかいない。でも自然とつづく言葉がある、姓のように避けがたく。物憂げ。エレガント。両性的。ゴージャス。ダンディー。歌姫。ナルシシスト。それらは彼が発する効果、彼の企てるルックスを証明するものだ。レスリーは自惚れきっているように見える。優しげでおとなしそうだったり、恐ろしいくらい上品だったり、タキシード姿では優雅そのものだったり。自分の美しさを創造的に使いこなし、またそれを裏切ることもできる。無垢な人物を演じてわざとらしくなく、間抜けな人物に扮してそつがなく、コメディも見事にやってのける。だがそればかりではない、相反する要素もすみやかに頭をもたげ、膨れてゆく。彼の演じた人物は鏡の前では完璧だが、また同じくらい傷つきやすい。よく見てみるといい、一つ一つのシーンを。進化していく演技者を。彼はぎりぎりまで近づいていく、より悲しげに、よりとらえどころなく。離れていくことー去ってゆく、あたりまえのように、余計な力は入れず、軽々とーは彼が演じてきた人物たちの特徴だ。投げやりな印象もまた然り、去るときも去られるときも。物憂げで、体重を感じさせず、身体を曲げ、折りたたみ、優雅にくずれおちる。他人をはぐらかし、喪失と曖昧さを体現し、決めつけられるのを嫌がり、愛していると言いたがらない。

 レスリーは昔の時代のスターの資質を持っているようだ。彼が例えられるのはジェームズ・ディーンやモンゴメリー・クリフト、俳優に求められた男らしさの意味合いをひっくり返し、スクリーン上に新しい概念を持ち込んだ人々だ。いい役を演じるいい役者だった。彼の演技は力強く印象的でありながら、共演者を引き立てるよう気づかわれていた。彼は欲望と性的曖昧さの表し方をいくつもの役柄で試し、偶像的美しさとその表し方、その効果を追及していった。

 彼は張國栄として1956年に生まれた。10人兄弟の末っ子だった。本人曰く、英語名の由来は「風と共に去りぬ」と、その中でアシュレイ・ウィルクスを演じたレスリー・ハワードが好きだったからというだけではなく、男でも女でも通用するから。スクリーンデビューは1978年の「紅樓春上春」、しかしアジア新人歌手コンテストをきっかけとして、歌で名を成すことになる。1977年のコンテストの映像が残っている。若々しいレスリーがベイシティローラーズばりの紅白のセーラー服をまとい、「アメリカンパイ」の短縮版を歌っている。その後起きることを誰が予言できたろうか。どこにでもいそうな甘い声、甘い顔だち、少女たちをときめかせるピンナップアイドル、ただし野心家でもあった。

 彼には際立ったところがあると、皆が気付くのにさほど時間はかからなかった。威張ったような歩き方、確信、自信にみちた態度。それが気に入らない人々もいた。満場の客に向かって帽子を投げたら、こんなものはいらないとばかりに投げ返されたこともある。


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日本語訳:KAYOKO


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