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City Entertainment 599(2002Mar28発売)
【電影双周刊 599号独占インタービューより】

これは、ここ3年近くで初めて『電影双周刊』がレスリーに正式訪問したものである。



訪れた場所はホテルのスイート。

レスリーは窓際近くの両足をまっすぐ前方に投げ出すことができるスタイルの椅子に座った。
腰を下ろして、みんなのすぐの反応は:

精神科医みたいじゃないか?

誰が医者?

誰が患者?

 もちろん最初の出会いでは期待はできない。単刀直入にレスリーの精神状態へまっすぐ飛びこめればそれでよかった。


羅志良・爾冬陞と三度の合作

---『異度空間』は『色情男女』『鎗王』に続いて羅志良・爾冬陞との3度目の合作ですね。あなた達は特別一緒に映画を撮っているの?


 君は本当は爾冬陞が以前僕のことを好きではなかったことを知ってるかい!だいたい10数年前の事だ。彼は当時レスリーは中身がない奴だと思っていたんだと思う。ただ人はみんな進歩する。僕も段階を経て、以前に比べたらいくらか角もとれた。歳をとって、僕はナイーブじゃなくなったかな。『色情男女』がはじめ僕が演じるのではなかったって知っているかい?先に選ばれていたのは周星馳なんだ。何故彼らの話がまとまらなかったのか知らないけど後になってから、突然・・・突然、爾冬陞が僕を呼んで『色情男女』の話をしてきたんだ。『色情男女』は三級片で比較的edgyになるだろう。そのころ僕は『東邪西毒』や『覇王別姫』を撮っていた。すでに利害を忘れて思いっきりやっていたし、精神的な負担ももうなかった。僕はありきたりの映画はもう撮りたくないと思っていた。それで彼らとの合作はちょうどタイミングがよかったので『色情男女』を撮ったんだ。そのときに爾冬陞はレスリーを見直しはじめたんだと思う。



---見返してやろうって気はあったの?


 ない、ない、ない。ただそのころ僕はたくさん選ぶことができただけ。だけど、彼が僕を求めてくれたからには、僕も彼と当時話をして、撮ることを決めたんだ。彼は「後輩の手助けをしてくれ!監督の羅志良だ」って言ったんだ。そのときそもそも誰が羅志良なのかも僕は知らなかった。その後会ってみて彼にとても見覚えがあると気付いた。なんと彼は王家衛に付いていたんだ。あの時僕らは合作するのがとても楽しかった。ただ『色情男女』はまだfantasticmovieとはいえない。なぜならあのころ彼らには多くの制約があったから。後に僕ら3人は親友になった。あるとき、爾冬陞が僕の家に訪ねてきて、僕にとても似合う役があるのだが、サイコな人物の役だから僕が撮る気になるかどうか・・・って言ったんだ。僕の答えは:なんで僕がサイコな役を演じることを断ると思うの?僕は悪役をやりたいと思ってる。僕は言った。君らが不必要なことをやらなければ、香港映画人が最も好む「彼が卑怯なわけ」などという精神的負担を強要しなければ、この役はすごくいいだろうって。当然僕は彼らふたりに感謝している。最後までお馬鹿な「理由」を書き加えなかった。『鎗王』はとても好きな映画だよ。これは別のことだけど、かえって近年は多くの人が僕クレジットの映画を与えてくれる。『異度空間』を引きうけたのは彼らと合作すると満足感を得られるから。もちろん、それからもうひとつ別の原因もある。それは僕がとてもダークドラマがすきってこと。



---私には『異度空間』の役が『鎗王』の役の延長のように見える。両方とも内面の心理的な世界や精神状態に重点を置いている。この類の役は現時点でのあなたが特別偏愛している役なのかしら?


 再び2枚目の役を演じてって言われても、僕はすでに峠を越えている。20数年数知れずラブストーリーの映画をやってきた。ここにきて僕はメロドラマ以上の映画をたくさん撮ることができるだろうか?答えはno。なぜなら僕は女性とのラブストーリーを撮ることにすでに飽きている。反対に、人の性(さが)を探求する映画を多くとりたい。『鎗王』と『異度空間』の役が違うところは、前者は自負的である、彼は自分に勝つことができる人はいないと認めている、程度上は楽観的な人物。後者は情緒が低落している人。彼は自分が以前の傷をもう一度経験することを容認できない。’レスリーにはすでにプレッシャーは無い’と認める人もいるだろう。映画を撮ることと、どんな映画でどのくらい費やすか・・・実は僕は以前よりも映画を撮ることに執着している。同じような役を繰り返し演じたくない。これが近年僕の作品が減っている原因だね。


---あなたが『異度空間』で演じた役は前後で別人のように違う、彼は二つの違う役とみなして演じたの?

 役は物語の前後半では動作や精神状態は違っている。ただ僕は二つ別々の人物だとはみていない。僕は、後半の精神が不穏な状態を前半の正常な状態に少しずつ滲ませるように試して、観客にとてもわずかな提示をあたえた。なぜなら、もしこの役の精神状態が急変するような話だったら観客は話しについていけないだろう。僕はたくさんの考えを最初の講演のシーンに費やした。そのシーンはとても強力な説得力が必要だからだ。観客は精神科の専門家を「演じている」僕を見つけることはできないだろう。僕はTake2のない俳優のひとりなんだ。みせかけの俳優じゃない。毎テイク同じようにはできない。ここが僕とトニーレオンとの最大の違いだね。彼は毎回首尾一貫した演技ができる。
 僕は自由に演技するの(アドリブってことね)が好きなんだ。監督に編集時にたくさん選択できるように、特にセリフ面では、僕はムリがあれば自分でセリフを加えることもある。羅志良は映画をみたあと、僕に意見を与えてくれた。僕にそのシーンでできるだけ元のセリフを残すように言うけどね。最後に彼の考えにしたがって演じてみる。さっそく覚えたセリフで最後4テイク撮った。どのテイクも使えるよ。


---カリーナがこの映画を演じるとき、監督は彼女に精神病院に行って肌で感じ取ってくるよう段取りをしました。あなたは演技の経験がとても豊富ですが、このような方法で助けを必要としますか?


(そういうやり方は)使わないよ。ただ、かつて2度精神科医に逢いにいったことがある。彼らは知らないだろうけどね。

時々、僕は自分の演じる役の資料を集めたりする。今回の役は精神状態に重点を置いているのでとても正確に把握しなければならない。映画の前編での講演やカリーナを治療するシーンでは、その精神科医が話す時の口調・動作・目つきをまねしてみた。喜劇だったら普通ありえないことだってできるけど、この映画ではそれはできない。後編、僕は不穏な精神状態の役にならなければいけなかった。僕はとても容易に役から切り替えることができる役者のひとりだけど、今回の過程はとても辛かった。「残酷」っていえるね。


---あなたはずっとダークサイドな精神状態を保っているの?それともテイクとテイクの間ではすぐに切り替えているの?


 どっちでもできるよ。ただあるシーンではずっとダークサイドの精神を必ず保たなければならない。たとえば僕が家の中で夢遊していて、常に古い本を探したり新聞を切り抜いたりしてるシーン。撮影の時、僕は現場についたらすべてのスタッフに伝えるんだ。「今日の撮影はヘビーだから僕に話しかけないでくれ」って。結果、僕は終日しゃべらなかった。別の似たようなシーンは、カリーナと李子雄がビデオで僕の夢遊を知ってから、僕の家にきて僕を罵るシーン。この2つのシーンはとても大きなエネルギーが必要だったので、ずっと感情を押さえて、情緒が低い状態を保たなければならなかった。


---あなたはみんなから離れる方法でエネルギーをためるの?


 そういうところは少しあるね。この方法は実際に通用する。なぜならこの映画は一種の疎離感があるといえる。僕の役は強制的に自分の記憶を失っている。だから強制的な方法を用いて自分に強制をしいる役を演じることができる。



---あなた自身、心理や精神学に対して興味がある?


 あるよ。ただ実は僕は過剰なほどハッピーな人間というわけではない。だから僕がもし心理学を深く研究しているって誉められたりとか、身近な人の多くのダークサイドを見つけることができたら恐いよ。(相手の心理がわかりすぎて)かえって自分が不快になってしまう。


---あなたは当然人間には光と影の両面を持っていると信じていると思うんだけど、この両面はいつまでも相譲らないものかしら?


 僕は常に監督や脚本家に対して話しているのは、「一人の人物をずっといい人、あるいはずっと悪い人と決めつける必要はない」ってこと。だって人の内面には灰色の部分もある。まして、みんなの価値観は同じじゃない。僕たちはどうやって境界線をひいているのだろう?僕は心理医はこのプロだからとても好きだよ。でも時々心理医に見てもらいたくないと思うし、人の心をはっきりとわかってもらいたくない。


---あなたは自分を研究したり、人の心理を比較したりすることに対して興味がある?


 僕は人間ウォッチングに興味がある。なぜなら僕は多くの自分の醜いところをすっぱぬかれたくないからね!(笑)時々、もし本当にすっぱぬかれたら、自分はバカなことをした!って思うよ。僕もまだ自分がどんな人間なのか表現できるとは限らない。みんなダークサイドを少しもっているんだよ。


---あなたはすばらしい俳優も一般にサイコだと認めますか?


 確かにね。僕は認めるよ。ときどき役者は頭の中にたくさんの幻想が出現して腹が立つんだ。
幻想〜たとえば刃物で人を刺す!(笑)


---幸いあなたは今日たくさんのインタビューが続いててもリラックスしていますね。


 僕は自分は多くの物事に対してこだわらない、Take It Easy(お気楽)な人間であるという印象を与えていると思っている。実際僕がTake It Easyかそうでないかは僕自身が一番わかっている。時々、人はいたるところで自分の態度(意思)を表さねばならない。ただ「完璧」にこだわる?それもわからない。ときどきある事件が起きて 本当に自分をとても大切にしなければならないと迫られる。で、表現がいきすぎたとき、人々に「私だったらコントロールできる」って思われる。かえって、変わるべきだと思う。気にしない態度をとれば、人々に自分は臨機応変にできる人間だと思われる。僕は後者を選ぶだろう。この社会では、せめて最低限のマナーを見せるべきだ。


---演技の方面で心に“魔”はある?


 ないよ。以前はあったけどね。最もよく覚えているのは、僕に『覇王別姫』を撮ろうと言った羅啓鋭にはじめてあったとき。その時僕は「ダメだ。僕がどうして撮れるんだよ?」って言った。君がスーパースターだったら世間のイメージを考えるだろう映画にはでれない。これが演技での心の“魔”だね。ただ、後々本当に『覇王別姫』を撮った、その後に『ブエノスアイレス』も撮った。この二つの映画は僕も思いきって撮ったよ。みんなその時に僕の心に“魔”があったって思う?


---この二つの映画で観衆は「まったく違うレスリー」を見ることができるわね。


 僕はできるだけみんなにたくさんの「まったく違うレスリー」をみてもらいたい。僕はもしできるなら、メッセージのある喜劇が撮れたらすごくハッピーだ。喜劇っていうのは本当はとても内容のあるものができるんだ。でも香港ではずっと「ハハハーっ」って笑うだけ、笑った後は何も残らない喜劇が流行っている。僕は人に錯覚を与えたいとは思わない。とても深みがあって、難度のある映画を撮りたい。でもないんだ。 僕はここだよ!僕はまってるよ!



(完)



レスリーはいい映画(脚本)がきたら、いつでも受けて立つ気ねっっっ!
レスリーに有無を言わせず演出する強力&才能のある監督&脚本登場を待つわぁぁぁ。

さて、今回はこぼーずkumaからのご厚意で訳をいただきました。いつもびっちゃんは読みやすい日本語に訳してくれるので、すんなりとレスリーの言葉が入ってきますよねっ。多謝、多謝☆(Xiang)





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