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TOP資料倉庫>『蛍幕偶像』第51輯(1990年3月発売分)
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Vol.0001
この度、ローブーさんより貴重な雑誌記事をいただきましたので
ココに皆様にご紹介いたします。 ^-^ 
訳はおなじみのこぼーずkuma先生です。



困難が多かった歌手生活を回顧し、別れ際に心の底にある自らの感じたことを明かした
張國榮 告別演唱会で涙・涙
 最高峰で引退しても名前を覚えていて


『蛍幕偶像』 第51輯(1990年3月発売分)より


 とても多くの人が筆者は偏っていると言う。譚詠麟(アラン・タム)や劉コ華(アンディー・ラウ)などの特稿は書いているが張國榮(レスリー・チャン)に対しては、いまだ少しも書いたことがない。みなさんに筆者の「困難」な立場を分かっていただきたい。張國榮は天皇巨星(スーパースター)ではあるけれど、ただこのごろ彼の仕事は比較的低調だったので露出度が高くなかった。筆者が彼のことを書きたくても、時々しかなかったのでため息をついていた。

 以前、LESLIEは突然音楽界からの引退を決意した。ということで、彼のこの33公演の演唱会がつまり最後のソロコンサートとなる。筆者にとって、この原稿がレスリーの為に書く、最初で最後の特稿となるでしょう。今、私は誠意をもって皆さんに『張國榮告別演唱会』のリポートをささげる。

 すでに紅碪カ體育館へは数え切れないほど来ているが、いつも私は新しい刺激を受けている。加えて今回は告別演唱会、少し心が急かされ緊張している感は否めない。辺りを見てみると、舞台設計はシンプルだけど、独特なところもある―舞台面積はとても広くて、バンドはステージの1/3を占めている。周囲の角には矢印状の通路がある。これは主役(LESLIE)と側面に座っている観客とが挨拶をするのに便利なようにだろう。

 すべての照明が消え、私は思わずいてもたってもいられなくなった。なぜならファンの女の子達の叫び声や、鳴り止まない笛の音に対してほんとうにわずかな「抵抗」があったから。


LESLIEのダンスは他のダンサーよりも優れていた
 ほどよく、演唱会は始まった。まずはじめにコーラスがLESLIEの名曲を歌い出し、そして阿榮がゆっくりとバンド側の階段から上がってきて、優しく甘く『爲イ尓鍾情』を歌い出した。彼は黒のコートを纏い、そのなかには赤い襟の黒いスーツを着ていた。続いて、『偏心』『側面』と歌う。『側面』を歌う時に、当然足りなかったダンスが加わった。そして香港の著名なダンスアレンジャー・JOSEPH自ら、まばゆい衣装を着たダンサーズを引きつれて出てきて、LESLIEと一緒に踊った。私はずっと阿榮のダンスを見るのがとても好きだった。彼のダンスは、ダンサーズのダンスと比べても良いと思ったわ! 

 歌い踊ったあと、LESLIEはステージ中央にある銀色のテーブル上の水を取って飲んだ。そこにはコップの傍らに精緻精巧な銀のポットが置いてあった。これによって、プライベートでの張國榮は、とても品があるということが分かる。

 水を飲み終えて、彼はさっと上着を脱ぎ去り、白いシャツに赤いベストだけになった。このベストがとても特別に見えた。私には赤いエプロンのように思えた。読者の皆さんが同感かどうか分からないけどね!
 その後、阿榮は3曲スローな歌、『情感的刺』『無形鎖扣』『無需要太多』を歌った。それから彼は好みを変え、『抵抗夜寒』『黒色午夜』『熱辣辣』を含むメドレーを歌った。テンポの速い曲は彼の十八番。ダンスも加わったら、天下無敵ね。

 『最愛』は阿榮の曲の中で、筆者がもっとも好きな曲。この曲はとても特別で、前半と後半が全く違う。もともと二つの曲のよう。おそらくそのためだろう、LESLIEは前半を歌いきったあと衣装替えをしにバックステージへ。紫色の衣装を身にまとったダンサーズが舞台中央から上がってきて、無言劇のように踊り、それらのダンスで時間がたった。数分後、バックステージからおどろおどろしい声が聞こえてきた。阿榮は紫色の西洋風の衣装をまとい、後半を歌いつづけた。歌い終わって彼はまじまじと客席を見渡し、小さな声で「思いがけず君と僕は一緒にいる」といい、すぐにこの歌は完結した。このラストで夢中になったファンも少なくないであろう。
 

黎小田がゲストとなり『儂本多情』を演奏する
 この夜はおしゃべりがとても少ないLESLIE、やっと口を開きしゃべりだした。「今夜は好朋友のひとりを招いたんだ!」しゃべりながら歩いてバンドの中のピアノのそばに行き、続けていった。「僕がデビューしてから今までやってこられたのも、彼がものすごく面倒をみてくれたおかげ。彼の名は、黎小田(マイケル・ライ)だ!」そこで、黎小田は立ちあがって観客に向かって挨拶をし、またゆっくりと腰を下ろして演奏を始めた。その曲はみんながよく知っている『儂本多情』。LESLIEは上着を脱ぎ白いシャツとベストになった。このベストは黒色で、かつ、鮮やかな星と月がたくさんあしらわれていてとても面白い。彼は飛びあがってピアノの上に座り、両足を子供のように揺らしながら、ニコニコ笑って歌っていた。『儂本多情』のあと、阿榮はステージに戻って、『不怕寂寞』と『我願意』を歌った。そのあと言った。「今から順に僕との握手タイムだよ!」

 これで10秒のうちにステージ前は熱狂的なファンであふれかえった。驚いた筆者は動くことができなかった。LESLIEは観客と握手をしながら、多くの名曲、『藍色憂鬱』『少女心事』『不覊的風』そして『MONICA』を歌った。このときの阿榮はすでに顔じゅう汗びっしょり。だからそばの多くのファンは走っていって彼のために汗を拭いてあげた。しかし、やはりわずかなファンが後のことを顧みずに「激しくつかんで死ぬまで離さない」。幸いカードマンの保護があった。でなければ彼はすぐに群集の中で「溺れる」ところだ。


ファンとの握手で「胸を襲われ」ひどい目にあう
 周囲の観客との握手を終えた後、筆者はLESLIEが慌ててステージに走り戻るのを見た。彼は子供のように訴えた。「こんなこともあったよ、人の靴を脱がすんだよ!」そのあとひざまづいて自分の靴を整えて、また言った。「それから誰か僕の胸を触ったんだ!ホントにスケベだねぇ!!」LESLIEのファンは思ったとおり本当に素晴らしい、アイドルの靴さえ手にいれるなんて素晴らしい技だ。マジで感心させられるわ! 
 
 刺激があったあと、阿榮は『當年情』を歌って気分を和らげた。続いてのメドレー、ここでは彼の歌とは別に、他人の歌を歌う。それらの歌には、夏韶聲(ダニー・サマー)の『童年時』、梅艶芳(アニタ・ムイ)の『似水流年』、盧冠廷(ローウェル・ロー)の『但願人長久』、陳慧嫻(プリシラ・チャン)の『千千闕歌』が含まれている。LESLIEはこの4曲を借りて、これらの歌手に対して敬意を表している。

 この次に、彼はさらに停めないで、『請勿越軌』『愛慕』『倩女幽魂』の3曲を続けて歌った。3曲歌い終えて彼はベストを脱いだ。今、彼は白いシャツ一枚だけ。彼は「0米STAND(マイクスタンド)」を掴んでステージ中央に放すと、音楽が鳴り響いてきた。彼自身が作曲した『想イ尓』である。彼は両手を胸の前で組み、とてもまじめに歌った。

 歌の途中、彼はシャツの中に手をいれて「擦り」、ボタンを簡単に「はずした」。楽曲の時間を利用して、ダンスをしたり、身体をクネクネ動かしたり、動作がとても人を誘う。多くを語らなくても、みんな現場の熱狂的な反応を想像できるでしょ!叫び声が止まない中、張國榮は動きを止めなかった。更にシャツをパンツから引っ張り出し、シャツを開け広げ、両手は腰に。こうなると彼の裸の胸は観客の前に露になる。このとき、ファンの絶叫にあやうく阿榮の声はかき消されてしまった。歌の終わりになって、彼の立っていた場所がゆっくりと降下し、彼の上半身だけが残るところに来たとき、彼は毅然とシャツを脱いだ。しかし、それは数秒間だった。LESLIEは公の場で服を脱いだが、筆者は彼がいやらしいとは思わなかった。かえって、その情景はとても優美でロマンティックだった。

 再び阿榮が登場したとき、彼はたくさんの鋲が打たれた皮ジャンを着ていた。背中にはドクロの刺繍。一緒に出てきたダンサーたちもシンプルな皮ジャンを着ていた。彼は力強い曲2曲『暴風一族』と『放蕩』を歌った。彼は皮ジャンを脱いだが、別のジャンバーをまとった。その服は純金色、それから帽子もかぶった。帽子の周囲もまた柔らかくて細かい毛でいっぱい。彼は伴奏をしている二人のギタリストをひっぱってきた。そのうちの一人はみんなもよく知っている、蘇コ華(華仔・BLUE JEANSというバンドの一員)。彼らは『無心睡眠』を歌う阿榮についていった。

 歌い終わって、会場全体の照明が消えた。ステージの周囲で突然緑色の物体が噴き出した。遠くから見ていたからステージ上で花火があがったのかと思った。火花はなおもとても「本物のよう」に筆者の頭上に落ちてきた。とても驚いた筆者は飛びあがった。この火花、実はとてもちいさな蛍光棒。確かに新しい構想であり、かつ、効果はかなり真に迫っている。


歌手引退の決定は一時の衝動ではない
 照明が続いて灯り、LESLIEはまた違うジャンバーを着ていた。それは黒色をベースに、金色のデザインが施されていた。彼は最近の新曲『MISS YOU MUCH』を強く歌い、また『有誰共鳴』を歌った。あらかじめステージ中央に置かれていたイスに座り、彼は折りたたんだ紙を取りだし、言った。

「みんなきっと今日は僕のおしゃべりがとても少ないって気付いているよね。なぜなら、自分でいつも間違ったことをしゃべっているって分かったから。だから、そんなにたくさんはしゃべらないよ!僕はこの世界に入って、とても苦心した。実はこの世界に入ったのは「偶然」ではないんだ。「偶然」なんていったら君たちをだますことになるよ!当時、麗的電視が主催した歌唱コンクールで入った。とても意外な幸運を掴んだ・・・・優勝したんだ。そして芸能界に入った。僕の歌手生活は決して順調ではなかった。そんな中、僕はうれしいことがあったり、辛いことがあったり、今までずっと・・・・・」

 彼はしばらく停まり、さらに続けた。「僕の決定は、いかなる人も関係ないし、一時の衝動でもない。自分自身で決めたこと。たくさんのスターは、彼らが最高峰の時に引退していった。今、そして多くの人が彼らを覚えている。僕もまた彼らのようになりたい。君たち・・・・・君たち、僕を忘れないでいてくれる?」LESLIEは言葉静かに尋ねた。観客はみな感激して答えた。「忘れないよ!」LESLIEは安心して言った。「ありがとう!」

 彼はゆっくり歌い出した。『沈黙是金』『風継続吹』『共同渡過』そして『由零開始』。その後、まわりの観衆に向かってお辞儀をし、ステージを後にした。

 アンコールの声が止まず、音楽が再び鳴り響いた。LESLIEはまた新たにステージに登場した。彼はすでに米白色のスーツに着替えていた。中には金色の飾りとパールがいっぱいのベスト。高貴な感じを人に与える。ステージが半空にせり上がり、彼は他人の曲『明星』を歌い出した。天井には無数のちいさな明かりが同時に灯いた。とても偉大な場面に観客はしきりに褒め称えた。LESLIEはそのまま、悲しくも美しい英語の曲『THE WAY WE WERE』を歌った。半分歌ったところで、彼は感情を込めていった。「僕にはとってもちいさなお願いがあります。それは・・・・・誰かが君たちに90年代にはどんな歌手がいたか尋ねたら、君達には僕の名前を挙げてほしい。僕はそれでとっても満足だから!」彼は停まってうつむいた。周りのファンはみな叫んだ。「泣かないで!・・・・」

 彼が再び顔を上げたとき、瞳にはすでに涙があふれていた。「それから、将来ステージ上で歌っている歌手を見て、歌がうまいとか、下手だとか言わないで。決して彼をからかわないで。良いと思ったら拍手して良くないと思ったら拍手しないなんてことしないで!スターも人間なんだ。彼らには自身の尊厳がある。当然、尊重されるべきなんだ・・・・・・」ここまでいうと、彼はとうとう堪えきれず泣き出した。彼はまもなく震える声で『THE WAY WE WERE』を歌い終えると、せりを降りた。


自ら観客席に赤いカーネーションを投げる
 LESLIEはこのコンサートでのラストの曲『風再起時』を歌い出した。ダンサーは大きな赤いカーネーションの花束を持っていて、阿榮自ら観客席に投げた。筆者は見ていて涙が次々とあふれてきた。花を配り終えたあと、彼はステージ中央に立った。彼の四方から白煙が噴き出して、煙が消えた後、彼は既に消えていた。

 本当に感動した。普通と違ったコンサートに、ファンはLESLIEに対しての離れがたい心情がとてもはっきりと、そして強烈に感じることができる。彼がかつて話したことがあります。引退した後は、カナダでコーヒーショップを開き、快適でのんびりとした生活を過ごすんだと。LESLIEの歌手生活は苦楽半々だったといえるだろう。最後は今の成功を得ることができて、絶対に幸せだ。頂点にたった彼は華やかなうちに引退することを決めた。普通の現代芸能人では経験できないほどよく働いてきた。

 筆者は心より祝福します。LESLIE、エンジョイライフを!



(特約記者・ANGIE)


(資料提供:ローブーさん)
(翻訳:こぼーずkuma)

多謝!!



この7年後、96年12月12日〜97年6月にかけてのワールドコンサートツアー
『跨越97 世界巡回演唱会』のオープニング曲が『風再起時』であったことは
まだ記憶に新しい・・・・





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